もう十年以上も前の話ですが、椎間板ヘルニアが悪化して入院することになりました。
前から悪かったヘルニアが、出産後に悪化して歩けないほど痛むようになったのです。
まだ赤ちゃんだった娘を、実家の両親にみてもらうことにして、私は入院して治療を受けることになりました。
私が入院していたところは、実家の近辺では名医で有名な先生が営む医院でした。

決して大きくないところでしたが「あそこなら大丈夫」という安心感もあり、その医院に入院することにしました。
治療にはブロック注射が使われ、背中から注射をして痛みを取り除くという方法でした。
その注射は針が異常に長く、「えっ?こんなのを背中に刺すの?」と恐ろしくなったことを覚えています。
しかし、そこは名医と言われる先生を信じて治療していただくしかありませんでした。

ところで、入院生活はというと、とてもアットホームだったという印象があります。
何といっても田舎にある医院ですから、入院患者さんは、地元の方が多く、素朴で悪気のない人ばかりでした。
先生も看護師さんも打ち解けやすく、話しやすい雰囲気でした。まるで一つ屋根の下にいる大家族という感じだったと思います。

でも、一人だけ不審な人がいらっしゃいました。
その人は80歳ほどの男性で、いつもふらふらと廊下を歩いているのです。それも昼夜問わず。
そんな姿を見て「あの人とは関わらないでおこう」と思っていました。

夜間病院そしてある晩、いつものようにあの男性が廊下を歩いている音がしました。
スリッパでパタパタと足音を立てながら歩いています。
その日はなぜか、私の病室に近づいてくるののが感じられました!
私が入院している病室は3人部屋でしたが、患者は私だけでした。
スリッパの音は近くで聞こえるけど、まさか部屋には入ってこないだろうと思っていました。
ところがその矢先、突然私の部屋のドアを開けてその人が入ってきたのです。
私はドキッとして、心臓が止まりそうになりました。
「どうしよう」と思っていたら男性のうしろから「じいさん、部屋まちごうちょるばい(おじいさん、部屋を間違っているよ)」と声がしました。
それはその男性の奥さんでした。それから男性を自分の部屋に連れて帰りました。

翌朝看護師さんに聞いたところ、その男性は痴呆症で徘徊癖があるそうです。
腰の骨を折っていて、本当なら痛くてたまらないはずなのに、痴呆の症状が出ているときは痛みを感じないで歩き回るのだということでした。
部屋に入ってきたときには恐怖で「殺される!」とさえ思いましたが、そういう事情なら納得です。

他の人と一緒に暮らす入院生活では色んな人がいるものだなと感じました。